ホーム

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消せます。

にほんブログ村 音楽ブログ 1970年代洋楽へ にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

ブログを引っ越しました

この度、ブログを引っ越しました。

新・ブログ名は、 nichのメモ  です。

   http://nichblog.minim.ne.jp/

これからも、よろしくお願いします。

にほんブログ村 音楽ブログ 1970年代洋楽へ にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

談志師匠と仙台の焼き鳥屋

立川談志が昨日の夕方に亡くなった。5時のTVニュースで報道されたところによれば体調の急変を伝えられた関係者は近親者を除いてほとんどいなかったようだ。皆、一様に驚きを隠せない様子だった。ご冥福をお祈りする。
1984年(昭和60年)か1985年頃に転勤先の仙台で焼き鳥屋さんが催す独演会があり、談志師匠の高座を一度だけ聞いたことがある。お店が会場なので観客は30~40名くらいだったとおもう。
その店の大将が談志師匠に惚れて、談志師匠がその店の大将の心意気に感じて年に1回開いていたらしい。私はどういう経緯でその店を知っていたか、歯が数本しかない笑い顔の素敵なお顔が印象的な大将のお名前も店の名も今は思い出せないが、遅ればせながら師匠の高座を聞くことができて幸運だったと思う。
高座の談志師匠はもちろん客席を沸かしたが、落語に対する謙虚で真摯な姿勢を強く感じさせた。師匠の高座を生で聞いたのはあの1回きり。いまはiPodで聴いている。
ところであの頃、中学時代の友人でジャズ通のOT君は、いつのまにか談志ファンになって国立演芸場の談志ひとり会を聞きに行っていることを自慢していた。彼の生家は浅草鳥越神社に近く、都々逸(どどいつ)、川柳、小唄、落語などの文芸に関わる方面の情操はそれなりに養われているようだった。彼が酔って早口にまくしたてるとそのしゃべり口調は「らくだ」や「粗忽長屋」を思い出させた。談志師匠に少し似せていたのかも知れないという気がしてきた。

にほんブログ村 音楽ブログ 1970年代洋楽へ にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

鍋と日本シリーズ

昨日の午後4時頃、博多から二日市へ戻る電車のなかで、携帯を開いてみるとYさんからの着信記録が2回あり、駅に着いたら返信しようと思ったそのときにまた着信あり。CallBackしなかったお詫びなど言いながら、何事かと思っていたら家で鍋をするので来ませんかというお誘いだった。

平日の夜というのはめずらしい。あるいは今までお誘いがなかっただけかも知れない。約束の6時に行ってみるとメンバーは全部で4人(Yさん、Yさんと同姓だが親戚ではないご近所のY氏、O氏、小生)

お宅に隣接した事務所に鍋、コンロを持ち込んですることになっていた。当夜はプロ野球日本シリーズの第3戦目、ホークスは十分に敵を引きつけておいて決定的な打撃を与える作戦をとっていると私は考えた。ところが、博多の街は、ホームでホークスが2連敗しているので静まり返っており、まるで日本シリーズなどどこでやっているかのごとき厭戦ムードに包まれている。

Yさんが誰かを集めて鍋をしたくなったのも、TV観戦で共に応援しようということかと思えたが、事務所にTVはなかった。TVと鍋の組み合わせは甘い考えだったらしい。シリーズのことは忘れて、鍋と酒に集中する趣旨だったのか。当夜の具は鮭のアラ、頭と鶏手羽元、野菜は白菜、春菊で味噌仕立て。トック(韓国のお餅)も入れた。料理好きのY氏はうまーい、うまーいを繰り返していた。

一人千円の費用清算にてお開き、二次会なし。お疲れ様でした。
写真は撮らなかったので、以前に柳川のN氏から送られた旨そうな画像を添付する。Y氏がN氏にTELしていま旨い鍋を食していると自慢していたようなので、これで「あいこ」です。
野球のほうは事務所にある感度のよいラジオから実況放送がよく聞こえたので、リアルタイムでチェックできた。(ホークスが勝って、1勝2敗で本日第4戦目ダ。)

つがに鍋

にほんブログ村 音楽ブログ 1970年代洋楽へ にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

猪と鹿で鍋

当日は湯大道(ユダイドウ)公園に8人が集まった。
写真は猪と鹿の鍋。鹿肉は鉄板焼きと鍋の両方に使った。たんぱくな味わいが大変好評だった。鹿肉の鉄板焼きにバルサミコ酢を使ったソースを処方したいという強硬な提案があったが、関心を示すメンバーは多くなかったので実行されなかった。幻のソースになってしまったが、次の機会を楽しみにしたい。

猪と鹿の鍋

さて、この公園は二日市西○丁目-○番などという事務的な味気ない地名となっているが、むかしからの地名は次田(つぎた、吹田、すいた)であり、二日市温泉は次田の湯と呼ばれていた。
有名な『梁塵秘抄』(りょうじんひしょう)は、平安時代末期に編まれた歌謡集だが、その中に「吹田の湯」が出てくる。
「吹田の御湯(みゆ)のしだいは、一官二丁三安楽寺、四には四王寺五侍(さぶらひ)、六せんふ、七九八丈九傔丈(けんじょう)、十は国分(こくぶん)の武蔵寺(ぶぞうじ)、夜は過去の諸衆生。」という歌詞。(岩波文庫版383番目)

『梁塵秘抄』は後白河法皇が編集し、その名のみ知られていたが実体は一部分しか残っておらず幻の書だったが明治44年に発見された。
大の「今様(いまよう)」好きの後白河法皇は、身分にかかわらず今様のうまい歌い手を自邸に召集し、夜毎日毎、今様の会を催した。痛くて湯水が通らないほど喉が腫れても歌いたかった、と今様狂いの様子を『秘抄』の中に記している。

「今様」は京の都を中心に流行した歌謡だが、どのような節回しだったか、いまでは誰も再現できない。しかし、法皇はみずからすべてを唄ってみて吟味したことだろう。

「吹田の湯」に行けば、風呂に入る順番は、
一:官  (大宰府高官)
二:丁  (観世音寺の僧侶、丁は寺の意)、
三:安楽寺(神官、安楽寺は安楽寺天満宮のこと)
四:四王寺(僧侶、四王寺は白村江の戦いの後に築かれた山城(大野城)の地に建立され、外敵撃退を祈願した。)
五:侍
六:せんふ(賄夫、料理人)
七:七九 (七、八の部分の七九八丈は解読できていない)
八:八丈
九:傔丈 (けんじょう、辺境にある官人に朝廷から給付された護衛の武官)
十:国分の武蔵寺 (僧侶 武蔵寺は九州最古。薬師如来が本尊)
夜:過去の諸衆生 (現生を過ぎ去った人間を含む全ての生きものたち)


「夜は過去の諸衆生」という詞がこの唄のオチになっているように思える。後白河法皇の時代は平家滅亡という動乱の時代であり、法皇は幾多の権謀術数に深く関わった。吹田の湯では一定の秩序により管理されている。ところが、夜になれば、過去の諸衆生が湯に入りにくるのですよ、と。何かニヒリズムを感じさせるオチだ。あるいは、吹田の湯女がお客に唄って聞かせてサービスしただけの唄かも知れないが。

鍋になった猪と鹿も湯に入りに来たのでしょうか。
写真正面の男性は後白河法皇ではもちろんなく、いつも大きな声のAさんです。

にほんブログ村 音楽ブログ 1970年代洋楽へ にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

歴史散歩道ウォーキング

10月2日(日)は筑紫野市主催のミニウォーキングに参加してきました。

ミニウォーキング二日市コミセン前午前9時、二日市コミュニティーセンター前に100数名が集合、運動サポーターさん達の指示に従いながら、ストレッチをして9時30分にスタート。

運動の前後のスト
レッチは大切です。
普段使っていない
筋肉を伸ばすこと
により怪我や運動
後の疲れを残さな
い効果があります。

さて、交通量の少ない一般道路を選んでゆっくりペースで歩き、金木犀(キンモクセイ)の香りが漂う御笠川に沿った散歩道をとおって、広々とした大宰府政庁跡を経て裏道に入り登り道となる。


ミニウォーキング_大宰府政庁「畑の土が掘り返されているようなのは猪の仕業かいな」などと語らいながら、さらに前進、「四王子県民の森」となっている四王子山(しおうじやま)方面への案内板がある休憩場に到着して往路終了。



地元ボランティアの方の歴史話を聞きながらしばし休息。Uターンして12時までに再びコミュニティセンターに戻りストレッチをしてから流れ解散というコースでした。いい運動になりました。


にほんブログ村 音楽ブログ 1970年代洋楽へ にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

プロフィール

Author:アイシーエイチ
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ツイッター
RSSリンクの表示
ランキング
にほんブログ村 音楽ブログ 1970年代洋楽へにほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム
QRコード
QR